水戸地方裁判所 昭和47年(行ウ)4号 判決 1972年7月27日
原告 大成地所株式会社
右代表者代表取締役 荒井博一
右訴訟代理人弁護士 藤枝東治
被告 伊奈村長 中島喜雄
右訴訟代理人 野口益夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求めた裁判
一、原告
(一) 被告が、原告の昭和四七年四月三日付で茨城県筑波郡伊奈村狸穴字秋葉山一、〇六八番一山林九、八七九平方米に関する土地評価証明書の交付申請に対し、同書面を交付しないのは違法であることを確認する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
主文同旨。
第二、当事者双方の主張
一、請求原因
(一) 原告は、宅地建物取引業法に規定する建設大臣免許を受けた不動産業者で、関東数県において土地の購入ならびに分譲を目的とするものである。
(二) 原告が土地を購入し、または販売する時には何れも不動産登記手続を経由した上で代金決済を行なっており、登記事務は原告の営業の主要な部分をなしている、しこうして登記申請をする場合、登録免許税を納付することになるがその課税標準は固定資産税評価額を基準とするため、市町村長発行の土地の評価証明書または固定資産評価通知依頼書が必要である。すなわち、国は行政事務が統一的に、かつ相互に関連して有機的に行われることを配慮し、地方税法第四三六条は市町村長が土地または家屋の評価額を決定した場合には管轄登記所に通知しなければならない旨規定しているのであるが、実務上は登記を申請する者が、登記所から固定資産評価額通知依頼書の交付を受けこれを市町村役場に提示し所要事項の記入を受けた上登記所に持参するのが例であり、またこの場合固定資産評価額通知依頼書に代へ、手数料を納付の上固定資産評価証明書の交付を受けて使用する場合も少くない。以上のように、地方税法第四三六条に定める市町村長の所掌事務を、登記関係者が事実上代行していることは全国共通の事実であり、原告もほかの市町村においては支障なく行なってきた。
(三) 原告は、茨城県筑波郡伊奈村狸穴字秋葉山一、〇六八番の一山林九、八七九平方米(以下本件土地という。)につき、水戸地方法務局谷田部出張所昭和四七年二月一八日受付第一、五七二号をもって所有権移転登記を受けたものであって、公簿上も実体上もその所有者であるところ、本件土地について、所有権移転登記を申請するため、昭和四六年一二月一七日以降数回にわたり伊奈村役場に直接出向き固定資産評価証明書の交付を申請したが拒否され、更に昭和四七年四月三日付書面をもってその交付を申請したが拒否された。
(四) 伊奈村当局が、再三原告の交付申請を拒否したのは、宅地造成寄付金の採納に関する基準を定めた伊奈村昭和四七年告示第四号を根拠としている。すなわち原告のような宅地開発業者は、申請した土地につき一平方米当り金四五〇円の寄付をしなければ評価証明書を交付しないというのである。
(五) しかしながら、元来寄付金というものは醵出者の自発的行為に基づくべきものであり強要すべき性質のものではない。伊奈村当局が寄付をしなければ評価証明書を交付しないというのは、地方税法第四三六条の法意に違反するばかりでなく同法第二〇条の一〇にも違反する。
(六) よって、原告が昭和四七年四月三日被告に対して本件土地に関する不動産評価証明書の交付を請求したのにかかわらず被告が同書面を交付しないことが違法であることの確認を求める。
二、請求原因に対する認否ならびに被告の主張
(一) 請求原因第一項の事実を認める。
同第二項について
被告は、伊奈村に備付する土地課税台帳に登録してある土地につき登記申請手続をする者が、その土地の評価証明書の交付を請求する場合は、直ちに該評価証明書を交付して住民の利便をはかってきたものであり、現に本件土地の分筆合筆前の旧一、〇六八番の山林(すなわち茨城県筑波郡伊奈狸穴字秋葉山一、〇六八番の山林)について伊奈村備付の土地課税台帳に基づき原告に対し、昭和四六年一二月二四日付固定資産評価証明書を交付している。
同第三項中、原告が被告に対し本件土地に関する固定資産評価証明書の交付を請求したのに対し、被告が未だ同書面を交付していないことは認める。
同第四項は否認する。
同第五項中、被告が原告に対し、本件土地の評価証明書を交付しなかったことが、地方税法第四三六条および同法第二〇条の一〇に違反するとの点は争う。
(二) 原告が、被告に対し本件土地に関する固定資産評価証明書の交付を請求したのに対して、被告が同書面を交付していないことは前述のとおりであるが、それは次のような理由によるものである。
(1) 原告が、前記茨城県筑波郡伊奈村狸穴字秋葉山一、〇六八番の山林につき宅地造成工事を施こした上、合筆、分筆の各登記手続を経由した結果、本件土地となったものと考えられるが、伊奈村では現在まで、関係登記所から土地の表示の変更登記の通知を受けておらず、したがって本件土地は土地課税台帳に登録されていないから、土地課税台帳に登録された評価額を証明することはできない。
(2) 前記旧一、〇六八番の山林は、土地課税台帳上、地目が山林でありその評価額も低額であるところ、宅地造成が行われ現況が宅地となった以上、宅地としての価格を決定することになるが、その評価は困難である。けだし、前記土地につき宅地造成を行なうことは、伊奈村の宅地造成に関する条例に牴触し、かつ進入道路の幅員が狭いため火災等の緊急時に消防自動車の通行が不可能であるばかりでなく、汚水が宅地から灌漑用貯水池に排出されるような設備が施されており、地元住民から公害防止対策上前記土地の宅地化に反対する旨の陳情が伊奈村当局になされている事情にかんがみ、住民の生命財産を守る責任を有する伊奈村当局にとって、前記土地を宅地として認めることは困難であるからである。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、原告が被告に対し、昭和四七年四月三日付書面により本件土地に関するいわゆる固定資産評価証明書(地方税法に規定する固定資産課税台帳に登録された価格の証明書)の交付を請求したことおよびこの請求に対し、被告は現在にいたる迄同書面を交付していないことは当事者間に争いがない。
二、原告は、被告の右不作為は地方税法第四三六条の法意に違反する旨主張するが、同法条は、市町村長が所定の事項を所轄登記所に通知すべき旨を規定したものであり、市町村長が前示書面を私人に交付すべき義務を規定したものでないことは疑問の余地がなく、したがって原告の前記主張は失当というほかはない。
三、つぎに、原告は、被告の前示不作為は地方税法第二〇条の一〇に違反する旨主張するのでこの点につき検討を加える。
地方税法第二〇条の一〇第一項は「地方団体の長は、地方団体の徴収金と競合する債権に係る担保権の設定その他の目的で、地方団体の徴収金の納付又は納入すべき額その他地方団体の徴収金に関する事項のうち政令で定めるものについての証明書の交付を請求する者があるときは、その者に関するものに限り、これを交付しなければならない。」と規定し、これをうけた同法施行令第六条の二一第一項は政令で定める事項として、第一号に「請求に係る地方団体の徴収金の納付し、又は納入すべき額として確定した額並びにその納付し、又は納入した額で未納の額(これらの額のないことを含む。)」と規定している。以上の規定を総合検討すると、地方団体の長に対し、地方税に関する事項の証明書につきこれが交付を請求できる者は、結局、当該地方税の納税義務者であると解するのが相当である。ところで土地課税台帳に登録された土地の価格が、課税標準として税額算出の基礎となり、これと不可分の関係を有する市町村税としては、固定資産税および都市計画税を挙げることができる。もっとも本件土地が、都市計画税の課税の対象となるかどうかはさらに検討を要するところであるが(地方税法第七〇二条第一項参照)、その納税義務者は固定資産税の場合と同様であるから、右の点に関する判断はしばらくおくこととする。そこで原告が固定資産税につき現在にいたる迄納税義務を負担した事実があるかどうかについて考えてみる。地方税法第三四三条第一、二項第三五九条第三八一条によれば土地登記簿に登記されている土地に対する各年度の固定資産税の納税義務者は、賦課期日である当該年度の初日の属する年の一月一日現在における土地登記簿上の所有名義人ということになる。これを本件土地についてみれば、≪証拠省略≫によると、原告は昭和四七年二月一八日にいたってはじめて所有権移転登記を受けたことが認められるから、原告は当昭和四七年度にいたる迄本件土地に対する固定資産税につき納税義務を負担したことはないものといわなければならない。そうであるとするならば、原告は本件土地につき、地方税法施行令第六条の二一第一項第一号所定の事項に関する証明書の交付請求権を有せず、もとより本件土地に関するいわゆる固定資産評価証明書の交付請求権を有するものでないことは明らかである。
また地方税法第二〇条の一〇第一項同法施行令第六条の二一第一項第二ないし第四号同法施行規則第一条の九第一号ならびに伊奈村条例を検討してみても、原告が、本件土地に関するいわゆる固定資産評価証明書の交付請求権を有することの法的根拠を見出すことはできないのである。
してみれば、被告が原告に対して右の書面を交付しないことが地方税法第二〇条の一〇に違反する旨の主張は採用の限りでない。
四、被告は、伊奈村に備えてある土地課税台帳に登録してある土地について登記申請手続をする者が、その土地の評価証明書の交付を請求する場合は、同書面を交付して住民の利便をはかってきたものであり、現に昭和四六年一二月二四日付の土地評価証明書を原告に対して交付した旨自陳する。はたしてそうであるとするならば、従前の例と同じ事情のもとに原告が本件土地に関する評価証明書の交付を請求したのに対し、被告が合理的な理由もなくこれに応じないことは、従来の慣行に反した差別行為としてはたして許されるであろうか。この点については憲法の保障する平等の原則に照らしさらに検討する余地があるようにも考えられる。
五、しかしながら≪証拠省略≫を総合すると、伊奈村備付の土地課税台帳には、茨城県筑波郡伊奈村狸穴字秋葉山一、〇六八番山林三、九八〇平方米について登録がなされていたが、同山林は昭和四七年二月四日大山茂の申請により一、〇六八番の一ないし四に分筆され、さらに昭和四七年二月二三日原告の申請によって合筆、分筆の各登記が経由された上、同年三月四日同じく原告の申請により一、〇六八番の一(本件土地)および同番の一二四ないし一三三に分筆登記がなされたのであるが、以上の事実については所轄登記所である水戸地方法務局谷田部出張所から伊奈村長に通知がなされなかったため、特に本件土地を独立の不動産として現に伊奈村備付の土地課税台帳に登録されていないことが認められる。そうであるとすれば、被告としては本件土地について、土地課税台帳に登録されない土地の価格を証明するに由なきものといわなければならないのであって、原告に対し本件土地に関する固定資産評価証明書を現に交付していないことについてはそれなりの理由があるというべきである。
六 以上要するに、被告が現在にいたる迄、本件土地に関する評価証明書を原告に交付していないことにつき、原告の主張するような違法は存在しないのである。なお附言するに、原告は、被告は宅地開発業者たる原告が一平方米につき金四五〇円を寄付しないため本件固定資産評価証明書を交付しないものである旨主張し、伊奈村昭和四七年告示第四号は、昭和四七年三月一四日に制定されたものであって、その内容は、「伊奈村において営利を目的として宅地の造成を行なう者(施行者)から寄付金を採納する場合の基準を一平方米につき金四五〇円とし、採納の時期を農地の場合は農地転用に関する村長の意見書を施行者に交付するとき、農地以外の場合は固定資産評価証明書を施行者に交付するときとし、その実施時期を告示の日以降において前記意見書または固定資産評価証明書を交付するとき」というのであるが、元来寄付金に関する事項は、寄付者の任意に委ねられ、強制にわたるべき事柄ではないから、宅地造成業者のみを対象とし寄付金額、採納実施時期を殊更固定資産評価証明書交付の時等と定めた右告示は、固定資産評価証明書の不交付により寄付を強制するものと解される余地もあって、極めて妥当を欠くものといわなければならないが、被告が原告に対し本件土地の固定資産評価証明書を交付すべき義務の存在を認め得ないこと、既に説示したとおりであるから、右告示の存在をもって前叙認定を左右することはできない。また、登記所が、課税台帳に価格が登録されていない不動産につき所有権移転等の登記をする場合に徴すべき登録免許税の税額の計算は可能であり(昭和四二年政令第一四六号登録免許税法施行令附則第三、第四項参照)、≪証拠省略≫および前項摘示事実を総合すると、前示のような不動産(茨城町筑波郡伊奈村狸穴字秋葉山一、〇六八番の一二八および同番の一三一の各山林)につき、現に登録免許税が納付された上、所有権移転登記が経由されていることが認められるのである。
七 よって、前示不作為の違法確認を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石崎政男 裁判官 長久保武 水口雅資)